好きなのに、向き合えなかったあの人とバスの中で再会して… (ページ 2)
滝内さんは誰からのプレゼントだか知らないのだ。
滝内さんが所属している楽団の講演をこっそり観に行ったとき、出演者への沢山の花束に紛れこませて置いてきたのだ。
自分の名前も書かずに。
だから、滝内さんにちゃんと届いているかさえ、わからない。
私は最後まで、逃げてばっかりだった。
でも、そんなほろ苦い思い出も私にとっては大切な宝物。
その証拠が、左手首の時計だ。
メンズのごつごつした黒い時計。
どう考えても、私には不釣り合いなこの時計は、私の思い、そのものだ。
はたから見れば、気持悪がられるだろうし、常識から考えて、あり得ないだろう、気持ちと行動。
でも、そんな不恰好な思いを捨てられず、こうして肌身離さず身につけているのだ。
滝内さんにはもう4年もあっていない。
連絡先も知らない。
ウィーンの楽団に入ったという噂を聞いた以外、彼の行方はわからない。
会えないとわかっていて、こんなことを思うのも、もう一つの日課だ。
毎度のことだが、今日も街のネオンがキラキラして揺れている。
ひっそり涙が流れて、今日の日課が終わったとき、バスが次の停留所に着いた。
「発車致します。」
反復するアナウンスが流れて、エンジンがかかる。
気だるく、震える窓ガラスに頭をくっつけて、瞼を閉じた。
「亜紀ちゃん?」
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