左官屋女子と、建築士。
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左官屋女子と、建築士。 (ページ 1)
真新しい建材と断熱材の匂い。完成間近の一軒家は、本当にぴかぴかと光って見える。
まっさらな石膏ボードに、壁を塗っていくのがわたしの仕事。
父親が倒れたのをきっかけに中卒で実家の左官屋を継いで、もう十年が過ぎた。
最初はじいちゃんに怒られてばかりだったけれど、今じゃもういっぱしの職人顔も許されている。
現場でもわたしをひよっこ扱いする人間はいない。ましてや、女扱いするヤツもいない。
「千星ちゃん、おはよう。今日も可愛いね」
最近よく同じ現場になる、この建築士は例外だけど。
「おはようございます。利人さんこそ、今日も趣味のいいネクタイですね」
「そう?千星ちゃんに褒められるとうれしいな」
嫌味を言っても意に介さず、丁寧な言葉と柔らかい物腰を貫くこの男がわたしは苦手だ。
「あ、足元、気をつけて」
まるでケーキでも扱うみたいに、わたしに接してくる。
年上の癖に居丈高な態度はなく、常に礼儀正しい。
周りに荒い態度の男しかいないから、どう反応していいのか分からない。
戸惑いながらも、わたしは仕事を進めた。
真っ白な壁が出来上がる時の満足感は堪らない。
今日もいい仕事ができた。
「すごく、いい仕事だね」
若いスタッフは先に帰して、細かいところをチェックしていたら、建築士がいつの間にか隣にいた。
自分でも褒めたいくらいの仕事を素直に絶賛されると照れくさい。
「ありがとうございます」
とりあえず素直にお礼を言っておく。
「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」
柔らかい笑顔が目の前でぱっと咲いた。心臓がどくんと鳴った。
この人、こんなに優しい目で笑うんだ。
思わず見惚れてしまうほど、穏やかな目だった。
「千星ちゃん、手は小さいのに仕事は大胆だよね」
気づいたら大きい手に、自分の手が捕まっていた。
「でも、どこか繊細っていうか」
「ちょっと、利人さん…」
抗議の声をあげても、大きな手は離れてくれない。
振り払えばいいだけなのに、それができない。毒でも飲まされたみたいに体が痺れている。
「こんな言い方、千星さんは嫌いかもしれないけど、すごく女性らしい」
心臓が嘘みたいに速い。
他の男の人に言われたら腹が立つのに。変だ。
「いちお、女ですから。当たり前です…」
「千星ちゃんが女性なのは分かってるよ。こんなに細い腰してるし」
ぐっと抱き寄せられて、唇が触れる寸前で止まった。
ドキドキし過ぎて目眩がする。目の前の瞳は柔らかく微笑んだままだ。
「千星ちゃんの女の顔が見たい」
耳元で囁かれて、全身に鳥肌が立つ。不快なんじゃない。すごく、気持ちいい。
一気に体の力が抜けて、キスを避けることすらできなかった。
「ん…っ…ふぅ…」
唇を割って入ってきた舌が、わたしの舌を愛撫する。
「いいね。すごく可愛い顔になってきた」
もっと見せてと言いながら、利人さんはさらにキスを仕掛けた。
「でも…ここじゃ…」
「そうだよね。じゃあ、移動しよう」
「え…嘘…」
ふわっと体が浮く。いわゆるお姫様だっこ。
「利人さん、降ろしてください。スーツ、汚れます」
自慢のニッカポッカだけど、珪藻土だらけだから気まずい。
「汚れたらクリーニングに出すだけだよ」
利人さんは相変わらずマイペース。
わたしは裏の資材置き場に停めたワゴンの前に運ばれた。
「ここなら、いいでしょう?ほら、鍵、開けて」
「え…でも…」
「千星ちゃんだって、俺のこと欲しがってる癖に」
両手でお尻を鷲掴みにして、利人さんがまた囁く。
その声が魔法みたいに、わたしを従順にした。
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