再会してしまった彼と過ごす甘い痺れと虚無な痛み

キャラクター設定

登場人物をお好きな名前に変更できます。

milkyに掲載の小説は当サイトが契約する作家陣によるオリジナル作品であり、著作権は当サイトにて保持しています。無断転載、二次利用は固く禁じます。不正な利用が確認された場合、法的措置を取らせていただきます。

再会してしまった彼と過ごす甘い痺れと虚無な痛み (ページ 1)

午後から降り出した雨は、夕暮れになっても止まなかった。

 帰宅ラッシュで混雑する、私鉄の改札口。

 週末だというのに、家路を急ぐ人々はみな一様に疲れた表情で、口数も少なくうつむきがちに、足早にエントランスを通り抜けていく。

 人の流れに押されるようにして、美里も改札を抜けた。

 が、わずかに足をとめた瞬間、後ろから誰かにぶつかられ、大きくよろめいた。

「あっ!」

 バッグから出したばかりのスマートフォンを、取り落としてしまう。

 淡いパールピンクのスマホは、コンクリートにぶつかり、かつん、とかすかな音をたてた。

 慌ててしゃがみ、スマホを拾おうと手を伸ばす。

 美里の手がスマホに届くよりわずかに早く、横から伸びた大きな手が、それを拾い上げた。

「――はい」

 目の前に差し出された小さなスマートフォン。

 耳になじむ、懐かしい声。

 ――嘘。

 一瞬、息が止まりそうになる。

 どうして。

 彼が、ここにいるはずないのに

「久しぶり。元気だった?」

「……徹」

 思わず、その名が唇からこぼれていた。

 自分を見つめる優しい笑顔に、今日までの空白の時間が一気に巻き戻されていくような気がした。

 彼との関係があったのは、一年ほど前のこと。

 美里が働く地方支社へ、彼が東京の本社から出向してきていたのだ。二年間、家族と離れての、単身赴任だった。

 そして美里も、学生時代から交際していた恋人と破局したばかりだった。

 互いに、ただ淋しかったのだろう。なんとなく気があって話をするようになり、ふたりで食事に行き、体の関係を持つようになるまで、あまり時間はかからなかった。

 彼の出向期間が終わるまで、二年のあいだ。そのあいだだけ、一緒にいる。周囲にも、もちろん彼の家族にも、けして知られないように。

 ただ、それだけの関係だった。

 やがて徹は本社へ戻り、家族のもとへ帰っていった。美里も配置転換となり、彼とは仕事上ですら連絡を取り合うこともなくなってしまった。

 それなのに。

「どうしたの? いきなり……」

「やっぱり、気づかなかった? 今日、出張でこっち来てたんだけど」

「そう、だったんだ……」

 雨を避けるように飛び込んだ、駅前の小さな居酒屋。バル風の洒落た店内は、少しずつ混雑し始めている。

 ビールのグラスが空になるころには、雨で冷えた体もほんのりと温まった。

「ほんとは、最終の新幹線で帰るはずだったんだけどさ。でも……、ちょっと、寄り路してみたくなって」

コメント (0)

コメントを書く